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ゆっくり、そう、ううん、もっと
やさしく、やさしく
そっと 触れて 頂戴

此の心臓は貴方なの だから









「心臓が痛い」
「テメェのか」

他に誰が居るんだ、と越前は暢気に言い返した海堂を睨んだ。ずきりずきりと痛む胸を押さえて、越前は海堂の服の袖を掴む

「痛い。苦しく成ってきた」

どうしよう、どうしよう、死ぬかもね

薄く笑っては海堂の顔を見上げれば、少し困惑した顔と出会う。越前はそのまま海堂の躯に自分の躯を預けてもたれ掛かった
海堂がしっかり支えては抱きしめたので越前はそのまま瞼を降ろす
遠くの方で海堂の慌てたような珍しい声がしたが、其れは聞かなかった事にした



『多分、すき…だと思う』
『多分、…、思う?』
『うん』
『信じられねぇな』

テメェの其の、好い加減な言葉が

相手が舌打ちをして、目線を反らした
越前は慌てて海堂の腕を掴んで、もう一度目線が絡み合うよう願う
願いが叶った後は、一息入れてから高らかに宣言した

『だいすき』

海堂が絡み合う目線をまた反らす。今度は照れていると分かるので、そのままにっこりと笑って見せてから抱き着いた
くるりと腕を腰に巻いて、きつく絞める。左耳を海堂の胸に押し付けてからもう一度

『だいすき、だよ』

言い終えると、海堂が越前の頭をくしゃりと軽く撫でて両手で顔を包まれる
ぐい、と乱暴に持ち上げられて、柔らかい湿った唇が唇にぶつかった
唇を潰し合うようなそんな行為に、じんじんと心臓が熱くなった
唇を離してから、じっと見つめてくる相手の鋭く大きい目にいてもたってもいられずに、思い付きのように声を出した

『先輩、交換しよう』
『あ?なにを だ』
『心臓』
『はぁ?テメェはまたわけのわからねぇ』

頚を折り曲げて、俯き、溜め息を余す事無く吐き出してから海堂は越前から躯を離した
ひんやりとした外気が触れていた部分を優しく刺す。其れはとても残酷だった

『わからなくないっしょ』

だってね、聞いて
俺は先輩がすきだよ、先輩は俺がすきだよね
そうだよね
すき、ってことは いつも相手の事を考えてたりするわけじゃん
要は、俺の心臓は先輩でいっぱいだし
先輩の心臓は俺でいっぱいって事だよね

『俺の中に在る心臓は先輩で、先輩の中に在る心臓は俺』
『………回りくどい』
『雰囲気じゃん』

遊びの様で越前は楽しそうに言った。肝心の海堂は只の遊びだと、頷いて越前と目線を絡めてまた抱きしめた
其の時、また心臓がじんじんと熱くなったけれど越前は海堂だと思って左手で優しく撫でた




「痛い。なんでだろう」
「…横になれば」
「ずっとさっきから寝てるんだけど」
「……何か飲むか?」
「いらない、から手」

手を握って居て欲しい 越前はベッドに躯を沈めながら海堂に右手を伸ばした
海堂は其の手を掴み、優しく撫でる

「今、夢見た」
「そんな寝てなかったぞ」
「そう?でも見た」

前に約束した事

「俺、すっかり忘れてた。先輩覚えてた?」
「テメェから言い出したんだろうか」
「覚えてたんだ」
「テメェは忘れてたんだな」

睨みを強めて海堂は越前を見る。寝転ぶ越前と床に座った海堂の目線は上手く絡む
海堂が意識的に越前の足元でぐちゃぐちゃに成って居た布団を越前の膝ぐらいまでかけてくれた。温かい
しかし、心臓は痛みを増すばかりだった
しかめっ面で深く溜め息を吐き、越前は再度、海堂に 痛い と訴えかけた

「どうにか成りそう」

そう、言うと
海堂が目を伏せてから 越前 とゆっくり呼んだので、越前は痛い胸を左手で押さえて、海堂を見た

「すまない」
「え、」
「こんな、なるなんて」
「ちょ、先輩?っ…!」

海堂が謝るような言葉を呟いてから、心臓により一層強い痛みが走る
ずきんずきんなんてものではない。何かで刺された様

なんで、謝るの
なんで、そんな顔するの

叫びたい衝動を痛さが許さなく、どう間違ったのか、苦笑と成って海堂へ向けられた
俯くのを止めない代わりに、髪の間から覗く目はぎらりと光る
左胸を左手で押さえ、握りながら越前は どう仕様 と慌てた
此の痛みはだって海堂が殴った訳でも蹴り上げた訳でも叩き潰した訳でも何でもない
唯の体調不良としか言い様が無く、海堂が謝る必要も罪悪感を感じる必要もなにも無い
海堂が揺らした肩を落ち着かせ、越前の右手を強く、強く、握った
痛いと思う程の強さで、深爪の彼の爪が皮膚を刺す。だいすき、な手が痛い
堪らず、眉間に皺を寄せて胸の痛みも伴って、海堂の手を振り払った
先程まで助けて欲しかったのに、今は其れ処じゃない。胸が痛く苦しく堪らないのに手まで痛いなんて冗談じゃなかった
だが、海堂の様子がやはりおかしいので、振り払った爪痕の付いた其れで手を撫ぜて見る

「ねぇ、どうしたの」
「……イテェか、苦しいか」
「うん、辛いけど…」

けど、先輩も辛そうだけど




何が作用してそんなに辛そうなのか、あの海堂が俯き肩を揺らす程の辛さと、自分の心臓の痛みの辛さの共通点は何なのか

「悪い、悪い」
「っ…、なにが、もう、なに?!」

此方は死にそうに胸が裂けそうに痛いんだ、相手の訳のわからない懺悔を聞く余裕なんぞ無いんだ
そう言いたかったが、やはり言葉には成らない。痛く苦しくどう仕様も無い
不意に海堂の両目が一気に真っ赤に成った。驚いて目をそちらに向けると呟くように声を殺して海堂が再び謝った

「痛くして悪い、苦しくさせて 悪い」

泣く様な其の声に越前は泣いた

「どうして、どうして先輩が」

謝るのか、何故、先輩なのか。痛さと苦しさの混沌で訳もわからず涙が溢れた
謝るよりも、手を握って欲しい。抱きしめて欲しい。名前を呼んで欲しい
越前は泣きじゃくって海堂の手を、今度は自分が爪を立てて握った
海堂の顔が歪む。握られていない方の手で、海堂も左胸を握り締めた

あ、と越前は其の彼の仕草ではっとした



『俺の中に在る心臓は先輩で、先輩の中に在る心臓は俺』




約束を交わした其の事柄。唯の遊び言葉だった。自分はそうだった。相手に自分を、自分に相手を捧げる、愛の言葉のつもりだった
だけど、痛む胸は確実に心臓。他の臓器でも脳でも 無い

「せ、先輩…?」
「悪い、越前、」

聞かせて欲しい、心臓の痛む訳を。知るのは相手だけ
何故なら、此の心臓は彼自身なのだ、から

「先輩、先輩、先輩、せ…」

爪は鋭く、相手を刺した。相手は振り払う事などせずに、其れを受け入れ赤い目で泣きじゃくる自分を唯、見つめる
とても、哀しそうな目に涙は止まらない
慌てて空いた手で涙を拭うが追い付かない
ずきん、ずきんと心臓の痛みが増す、どんどん痛くなる胸が、潰れて仕舞いそうで恐ろしい
独りだった。海堂の手を握り絞めて居るのにも関わらず、独りだった
置いてきぼりを喰らった様に、淋しく孤独で寒い
心臓の痛みのせいでは無い。だから痛いのでも無い

「海堂、先輩、……おわるの?」



ゆっくりと、赤い目は綴じられてしまった






だいすき、な手に
力が届かず、心臓の痛みで苦しみで、心臓が潰れて仕舞い
もう何も感じない
虚ろな濡れた目で彼を見ると

俯きもせずに 泣いていた













唯、貴方が愛しいだけなのに













        











(心臓を返さなくては成らないの?)











END









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